「ファンクショナルトレーニング」をご存知ですか?
運動や練習の質向上に興味を持ち始めると、この単語に触れる機会が増えてくると思います。
この「ファンクショナルトレーニング」。運動パフォーマンスを高めるために重要な鍛錬法の一つなのですが、人によって定義付けが異なり、調べてみてもよくわからなかったり、一般的な筋トレやバランストレーニングの一種と捉えられがちになっている側面があります。
そこでこの記事では、米国公認アスレティックトレーナーがこれまでの知識や経験をもとに見出した「ファンクショナルトレーニング」の定義をお伝えします。
最後までお読み頂ければ、この言葉の意味や考え方、他のトレーニングとの違いがご理解頂けます。後半では具体的な例をご紹介しますので、ご自身でトレーニングを行う時の参考になるはずです。興味のある方や、より強くなりたい方はぜひご一読ください。
実は、トレーニングの先にある「目的」の質を高めるものだったのです。
この記事は山口淳士が執筆しました。 |
1. ファンクショナルトレーニングとは
まずはその言葉の意味と筆者による定義をお伝えします。
1−1.直訳すると
欧米でのトレーニング方法や考え方の一つですが、その言葉を直訳すると「機能的になるための訓練」「実用的な訓練」「うまく働けるようになるための鍛錬」のような感じになります。
「ファンクショナル」という言葉は、英語のFunctionalからきています。「Functional」を辞書で調べると、「機能的な」「実用的な」「うまく働く」などと出てきます。「トレーニング(Training)」を辞書で調べると「訓練」「練習」「鍛錬」のことだと分かります。「ファンクショナルトレーニング」とは、この2つを組み合わせた言葉です。
「機能的な動き」とは「ロスなく効率的に」「自然にスムーズに」「最も理想的な」「筋力を最大限に発揮できる」「スピードを最速まで高めることができる」「最も適した」「カラダに余分な負荷が少ない」動きということになるでしょう。
1−2.具体的な方法はさまざま
では、それは具体的にはどういう方法を行うのでしょうか?
実は、「ファンクショナルトレーニングとは何か?」という問いの答えは、文献によって様々です。研究者たちが考えても様々な言い方になるので、「ズバリこれがファンクショナルトレーニングだ!」というシンプルな答えはまだないとお考えください。
筆者が考えるファンクショナルトレーニングの定義とは以下のようになります。
「自分が持っている筋力などを、目的とする動きの中で100%発揮できるようにするためのトレーニング方法」であり、「動きを分解して個別にトレーニングし、さらにそれを組み合わせてトレーニングし、理想的・効率的・機能的な動きを求めていくトレーニング方法」である。
具体的に「ファンクショナルトレーニングとはこれをやれ!」というものはなく、皆さんが獲得したい動作に応じて、指導者やトレーナーが現状分析を行ったうえでケースバイケースで考案していくということになります。
1−3.歴史について。リハビリテーションが発端だった
ファンクショナルトレーニングは、そもそも理学療法士さんや作業療法士さんがリハビリテーションで使い始めたアプローチ方法でした。
理学療法士というのは、基本的な動作や運動機能を回復させるスペシャリストです。
どこかケガをしたり病気をした人が、生活の中でできなくなってしまった動き(寝た状態から起き上がる・座った状態から立ち上がる・歩く・走るなど)ができるように運動指導を行って、取り戻せるようにサポートします。
作業療法士は、応用的な動作や社会に適応する能力を回復させるスペシャリスト。
基本的な動作ができるようになった患者さんは、実際に生活していくために、または生活の質を向上するために必要な、より複雑な動き(食事をするために箸を使う・お風呂に入って身体を洗う・庭の草むしりをする・楽器を弾くなど)をサポートする働きをします。(※仕事内容はあくまで一部です)
ファンクショナルトレーニングは、このような「基本的な動作のリハビリ」や「少し複雑な動きの訓練」のために生まれたものでした。ここで共通するキーワードは「動き」ということになります。
1−4.マシントレーニングとの違い
「ジムのマシンを使った筋力トレーニング」と「ファンクショナルトレーニング」は何が違うのでしょうか。ごく簡単に言うと前者は「筋力を鍛える」もので、後者は「自分で重心をコントロールし、動きを鍛える」ものということです。
例えば、足が速くなりたい人がいたとします。「走るときに使う筋肉を鍛えよう!」と、ジムにあるマシンを使って前ももの筋肉を鍛えて(レッグプレスなど)、もも裏の筋肉を鍛えて(レッグカールなど)、お尻の筋肉を鍛えて(グルートプレスなど)、ふくらはぎの筋肉を鍛えても(カーフレイズなど)、それらを鍛えれば鍛えるほど足が速くなるかといえば、なりませんよね(なるんだったら、スプリンターはずっとジムに引きこもってひたすら筋肉を鍛え続けます)。
もちろん、走るときに使う筋肉を鍛えるのは大事です。ですがそれと同様に大事なのは、「走るときに、“鍛えたそれらの筋肉をうまく使えること(=機能的に使えること)” 」なのです。
ファンクショナルトレーニングは、その「走る」という “動き” を分解し、また組み合わせて鍛えていきます。そうすることで、走ることに必要な筋肉たちが協力して働くようになり、自分が持っている多くの筋肉をうまく使って走ることができるようになります。
まとめると、マシンを使った筋力トレーニングは、個々の筋肉を鍛えるための効率的なトレーニング方法が多いということになります。対してファンクショナルトレーニングは、足が速くなるために「走る動き」を鍛えよう、速いボールを投げられるようになるために「投げる動き」を鍛えよう、ということになります。
自分が達成したい「動き」が “機能的に” できるようにするトレーニングがファンクショナルトレーニングなのです。
1−5.「動き」のためのトレーニングをしないと、理想的なパフォーマンスは得られない
筋肉を鍛えて心肺機能を高めただけでは競技力は向上しないという好例をご紹介します。
ここにサッカー選手として世界トップクラスのクリスチアーノ・ロナウドが、大リーグで始球式を行った映像があります。
プロ野球のピッチャーと比較しても、彼の上半身・下半身の筋肉はまったく引けを取らないと思います(むしろ筋肉量的にはロナウドの方が多いかも!?)。
しかし「投げる」という動きを行ったとき、プロのピッチャーは時速150kmで投げられるのに対し、ロナウドは山なりのボールしか投げられない。これは、彼が持っている筋肉を「投げる」という動きの中で機能的に使えていないことが大きな一つの理由です。
「サッカーボールを蹴る」という動きでは、彼の筋力をしっかりボールに伝えることができるためにあのような強烈なシュートを放つことができますが、「野球ボールを投げる」という動きではできていないため、ボールは山なりになってしまいます。
プロのピッチャーとロナウドの筋力がそこまで変わらないと考えてみたとき、ピッチャーはより「機能的に」身体を使って投げるという動きを行うことで、持っている力を100%しっかりボールに力を伝えられる。ロナウドは筋力的に持っているものは変わらないけれど、投げるという動きを機能的に行うことができないため、持っている力の30%くらいしかボールに伝えることができない。結果として、動画のような山なりのボールになってしまうのです。
1−6.実技を多く行うだけでは、ロスが多い
例えば、野球のバッティングのパフォーマンスを上げるためにひたすらマシン打撃を繰り返すことは、効率的ではありません。機能的に身体を使えていない状態でいくらマシン打撃を行なっても「自分の持ってる力を最大限に発揮してボールを打つ」にはだいぶ時間がかかります。
もちろん実技を多く行うことで「ボールに当てる」というスキルを磨く必要もあります。
ですが同時にファンクショナルトレーニングも行なって、「バッティング」をいう動きの中での下半身の使い方、上半身の使い方、上半身と下半身を連動させる動き、ボールにしっかり力を伝えて遠くへ飛ばすための身体の使い方などを鍛えていきます。
そのうえで実際のバッティングを行うことで、効率的に自分の持っている力をボールに伝えることができるようになり、ボールをより強く遠くに飛ばすことができるようになるのです。
1−7.ファンクショナルトレーニングは誰が行うべきか
ファンクショナルトレーニングは、老若男女問わず、多くの人が対象になり得るトレーニング方法です。
なぜならば、このトレーニングの対象は「何かできるようになりたい動き」「できるようにならなければいけない動き」がある人だからです。
そしてこれはスポーツ選手だろうが、2児の主婦だろうが関係ありません。サッカーボールをより強く遠くに蹴りたい!という人は、「強く蹴る」ための動きを鍛えるファンクショナルトレーニングを行うべきだし、2人の子供をおんぶ&抱っこして買い物に行かなければいけない主婦は、「その子供たちの体重に負けないように歩く」ための動きを鍛えるべきです。
1−8.結論:ファンクショナルトレーニングの目的とは
ファンクショナルトレーニングを行う目的というのは、その最上位が「筋肉の発達」ではなく、「動きの質の向上」ということになります。
「ここ・あそこの筋肉を鍛える」ではなく、「ボールを遠くに投げるという動き」「サッカーボールを蹴るという動き」「速く走るという動き」をうまくするためのトレーニング、ということです。
従来のトレーニングの考え方だと、ボールを遠くに投げるためには、肩の筋肉を鍛えて、胸の筋肉を鍛えて、背中の筋肉を鍛えないと!という考え方になるかもしれません。
ファンクショナルトレーニングの考え方では、肩・胸・背中の筋肉を鍛えることの重要性を認識しつつ、最終的な目的である「投げる動き」にフォーカスして、一つひとつの動作を突き詰め、それを複合してより質の高い動作を作っていくということになります。
2.【目的別】ファンクショナルトレーニング理論に基づく実例3選
前章では、「これがファンクショナルトレーニングだ、というものはない」とお伝えしました。人それぞれの能力やこれまでのカラダの使い方によって最適なトレーニング方法を考案していくのがファンクショナルトレーニング理論だからです。
とはいえ、具体的なやり方の例がないとイメージが難しいかと思います。
そこでこの章では、あるクライアントを対象にしたトレーニング例をご紹介します。このクライアントの現状をトレーナーが評価し、この方にはどのようなトレーニングが必要なのかを検討して行ったケースです。
あらゆるスポーツで活用シーンが多い「垂直跳び」と「スイング動作」を、さらに趣味でウォーキングや登山をなさる方のために、効率的に坂を登るためのトレーニングはこのような感じになるという参考にしていただければと思います。
※この章で紹介する方法はあくまでも実例であり、ファンクショナルトレーニングを定義づける主旨ではありません。
2−1.垂直跳びのファンクショナルトレーニング
垂直跳びの動きは、大きく分けると「しゃがみこむ動き」と「跳び上がる動き」の2つがあります。まずはこの2つの動きを分解して鍛えていきます。その後、この2つの動きを合わせていきます。
■しゃがみ込みを覚える「ドロップスクワット1」
実は、素早くしゃがみこめないと、高いジャンプができません。より素早くしゃがみこむことで、跳び上がるためのパワーをためることができます。ドロップスクワット1は、より高く跳ぶために、自分が一番力が入るポジション(=跳び上がるときの一番下のポジション)にできるだけ素早くしゃがみこむトレーニングです。
スピード感の参考として、動画でもご紹介します。
■段差を利用した「ドロップスクワット2」
階段や、低いベンチ等ちょっとした段差を使って行います。この段差を使うことで、しゃがみこんだとき(=着地したとき)の下半身への衝撃が増します。この衝撃に耐えられる下半身を養うことで、しゃがみこんだときにより大きなパワーを貯めることができるようになります。
姿勢はまっすぐを保ったまま、片足を前に出した(宙に浮かせた)状態から開始します。
■飛び上がる動き「スクワットジャンプ1」
ここからは、最初に説明した2つの動きの2つ目である「跳び上がる動き」のトレーニングです。
一番パワーが出るポジション(=上記のドロップスクワットでしゃがみこんだときのポジション)から、反動を使わずに真上に跳び上がります。まずは反動を使わずに行うことで、純粋な「跳び上がる動き」を鍛えていきます。
■飛び上がる動き「スクワットジャンプ2」
最初は1回ごとに区切って行い、慣れてきたら間のインターバルを短くし、連続して行っていきます。
■両方を組み合わせる「ドロップスクワットジャンプ」
「しゃがみこむ動き」と「跳び上がる動き」を組み合わせます。この2つの動きをできるだけ素早く行うことで、しゃがみこんで産まれたパワーを跳び上がる動きに使うことができます。
2−2.スイング動作のファンクショナルトレーニング
ゴルフの回旋には、大きく分けると「胸椎の回旋」と「股関節の回旋」が関わっています。今回はそのうちの1つ「胸椎の回旋」がしっかりできるようになるためのファンクショナルトレーニングを中心に紹介します。
■寝た状態での「オープンブックス」
まずは寝た状態から。股関節90°、膝関節90°の状態で、地面側の手で膝が動かないように固定します。逆の手を持ち上げて、胸を開きながら後ろを向いていきます。膝を抑えることで、胸椎を回旋させていきます。
■四つばいでの「ソラシックローテーション」
次は四つばい。片手は頭の後ろ。肘を大きく動かすように意識をしながら、上体を回旋させます。
肘を上下に動かすときに、体重が左右にシフトしないようにしましょう。両膝は常に股関節の真下に固定し、上体のみをしっかり回旋させていきます。
■体幹を使いながらの回旋「ディスアソシエーションプランク」
だんだん立位に近づいていきます。次は腕立て伏せのポジションから。片手を持ち上げての回旋です。目線は持ち上げた手を追いましょう。手を持ち上げたときに骨盤が上がったり下がったりしないよう、体幹を安定させながら回旋を行います。
■棒を使って「Wターン」
立位です。ゴルフクラブや長めの棒を持って肩にかつぎ、腕で「W」の文字を作ります(下写真左)。ゴルフスタンスをとって下半身を安定させた状態で、上体を回旋させます。下半身はなるべく動かさないように固定をして、上半身のみを回旋させることを意識してみましょう。
■腰の動きを出す「ヒップツイスター」
ちなみに股関節の回旋にはこのようなトレーニングをしていきます。
股関節のみ交互に前方に押し出す動作です。片側ずつ腰を入れていく感覚です。
動画では筆者が行ってみました。
■よりスイングに近い形で「ウインドミル」
ここから「胸椎の回旋」と「股関節の回旋」を組み合わせます。
両手を広げ、まずは上半身のみ回旋します(下半身はなるべく動かさない)。
続いて股関節を連動させます。右足左足と交互に体重を移動させながら、股関節もしっかり動かして回旋動作を行います。「腰を入れた」スイング動作を獲得するために不可欠な練習です。
前傾姿勢で行うと、ゴルフのスイングにフィットした動きになります。こちらも最初は上半身(胸椎の回旋)のみを動かすよう意識してみて、徐々に体重移動と股関節の回旋も加えていきましょう。
このようなトレーニングを重ねることで、適切な胸椎回旋の使い方と下半身との連動を体得することができます。
2−3.坂を登るためのファンクショナルトレーニング
地面をしっかり押して上り坂を進んでいける身体・筋肉の使い方をマスターすることで、疲れにくく、速く登ることができるようになります。
■お尻を活用する感覚をつかむ「ミニバンドウオーク」
お尻の筋肉(=大臀筋や中臀筋)は筋出力が非常に大きいのですが、うまく使えていない方が多いです。お尻の筋肉を使って前に進む方法を覚えるトレーニングです。
輪状のミニバンド(チューブ)を両足のヒザの上、モモの下部に通します。肩幅程度に足を開いてください。ミニバンドは他のトレーニングでも活用できます。わずか数百円の負担で、ジムのトレーニングマシンに匹敵するな効果が得られますからぜひ一つ用意しておくとよいでしょう。
後ろ足から蹴り出すように、小刻みに前に進みます。
動きのニュアンスをご理解頂くために、ぜひ動画をご覧ください。
一見、前足から引っ張っているようですが、先に後ろ足のお尻やふくらはぎに力が入ってから、前に進んでいます。
■地面を踏む感覚をつかむ「ピラーマーチ1」
ミニバンドウォークで使ったお尻の筋肉を意識しながら、実際に歩く練習です。
まずはその場での足踏みから。一番力が入るのは、まっすぐな姿勢で、骨盤の真下で地面を押すことです。姿勢を維持しつつ、お尻の筋肉を使って地面を身体の真下で押しましょう。「膝を上げる」のではなく「地面を押した反動で逆足が勝手に上がる」感覚を養います。
■前に進む感覚を得る「ピラーマーチ2」
そのまま少しずつ前へ進んでいきます。しっかり骨盤の真下で地面を押して前に進みましょう。前に進もう進もうとして腰を前に折らないように(下写真)。力が抜けてしまい、前に進むために余計な力を使うことになってしまいます。
■足、ヒザ、股関節の連動を感じる「ウオーキングランジ」
ピラーマーチよりも少し遠い位置に足を置き、腰を落としていきます。そうすることでお尻や前ももに負荷がかかるため、より力強く登山ができるようになります。膝の怪我予防にもなります。腕もしっかり振りましょう。
山登りのためのトレーニングなので、登り坂や階段を使っても行います。登山で持っていくリュックなどを背負って行うのも良いですね。
つま先が内外に向いたり、カラダを曲げて行うのはNGです。
最後にもう一度、最初のピラーマーチを行って、地面を押してその反動で進む感覚を養います。
3.まとめ
ファンクショナルトレーニングについてお伝えしました。誤った姿勢や動きのまま練習を重ねても、パフォーマンス向上には遠回りとなります。獲得したい動作は因数分解して、一つひとつを丁寧に意識的に行うことが重要です。
また、記事中でも触れましたが、「自分ひとりでは正しい動きがわかりにくい」ものです。
機能や動きを客観的に評価するトレーナーの指導のもとで、ファンクショナルトレーニングは可能になります。それがなく「正しい動きのつもりでスクワットをやった」としても、ケガをしてしまうことがあります。
正しいトレーニングを繰り返すことでしっかり筋肉を使えるようになり、少ない力で大きなパワーを生み出すことができるようになるとともに、動作の連繫が生まれます。それを無意識でもできるようになるトレーニングも必要です。
一つひとつのトレーニングは大変地味ですが、意外とキツいものが多いでしょう。これを繰り返すことで動きが理解できるようになります。お伝えした考え方をぜひ有効活用していただければ、と思います。
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