短いパットが入らない、ボールが投げられない…好きなスポーツが思うようにできないことはとても悲しいです。トップアスリートでも発症してしまう、「イップス」という症状。思い悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
当ブログでは、エビデンスを元に記事を執筆していますが、イップスはまだ明らかになっていない部分が多くあります。本記事では、現時点でのわかっていること、筆者をはじめとした経験事例を元に、どうイップスと向き合っていくべきかのヒントをご紹介します。
目次
1.イップスとは
イップスとは、スポーツにおいて精神的、心理的な問題により思うような動きができなくなることです。元々ゴルフからできた言葉で、熟練者であっても短いパットが入らなくなるという症状です。
ゴルフの他にも、野球、テニス、サッカー、卓球などの球技、弓道やダーツなど的を狙うスポーツでみられます。トップアスリートでもイップス事例は数多くあり、イップスによりポジションを変更したり、場合によっては引退となった例もあります。プロ野球選手、プロゴルファー選手に多いです。
スランプやあがりと混同される部分もありますが、イップスの特徴は、今まで当たり前のようにできていた動作ができなくなることです。パフォーマンスや成績の低下とは異なります。
2.イップスの解決法
イップスの解決法は、まだ決定的なものは確立されていません。
精神的な要因が神経系、運動制御に影響を与えているので、メンタルへのアプローチと、動作へのアプローチに大きく分けられます。
2−1.精神的なアプローチ
根本の精神的な原因に焦点を当てて克服する方法です。
イップスは、最終的には自力で乗り越えるしかない問題ですが、根本の精神的な部分にアプローチすることで余計悪化させてしまうリスクもはらみます。
特に、イップスになりやすい方は、責任感が強かったり、神経が細やかな方がなりやすいので、専門家や周りのサポートを得ながら進めることをオススメします。
2−1−1.認知行動療法
認知行動療法とは、つらい出来事が起きた際に頭に自動的に浮かぶ思考(認知)を、現実に沿った柔軟なバランスの良い考えに変えていくことです。
たとえば、ゴルフ部の学生が決めれば優勝の短いパットを外してしまったとします。
その時、「自分はもうダメだ。監督からもここ一番で使えないやつだと思われた。こんなパット外すようじゃプロにはなれない。」という認知だったとします。
これを、「優勝が狙えるところまで来れたのは大きな成長。あと一歩だったけど、これはもっと強くなる上で自分の課題だ。もっとうまくなって、次こそは監督を喜ばせよう」
というように、同じ出来事に対する認知を変えていく方法です。
繰り返しになりますが、うまくいっていないことと向き合うというのは簡単ではありません。リスクもはらみます。また、周りのサポートも必要になります。くれぐれもひとつのヒントとしてご活用ください。
2−1−2.自律訓練法
自律訓練法とは、リラックスした状態で、「手足が重たい」「手足が温かい」など6つの公式を用いる自己催眠法です。ストレス緩和や抑うつ、不安の除去などの効果があるといわれています。
心を落ち着かせ、自分の思考(感情)と身体の反応をコントロールできるようにしていきます。
仰向け寝、座位など、リラックスした状態で、以下の公式を心の中で唱えていきます。
背景公式:気持ちがとても落ち着いている。
- 第1公式:手足が重い -「右腕が重たい」「左腕が重たい」「右脚が重たい」「左脚が重たい」/「両腕が重たい」「両脚が重たい」/「両手両脚が重たい」
- 第2公式:手足が温かい -「右腕が温かい」「左腕が温かい」「右脚が温かい」「左脚が温かい」/「両腕が温かい」「両脚が温かい」/「両手両脚が温かい」
- 第3公式:心臓が静かに打っている。
- 第4公式:呼吸が楽になっている。
- 第5公式:お腹が暖かい。
- 第6公式:額が涼しい。
2−1−3.筋弛緩法
筋弛緩法とは、アメリカの精神科医エドモンドジェイコブソンが開発した方法です。
身体の各部位を10秒間緊張させたのち、一気に力を抜き、20秒間その感覚を感じます。部位ごとの例をご紹介します。順番に行っても良いでしょう。
- 手:握りこぶしを作り力を入れる
- うで:肘を曲げ、上腕に力を入れる。
- 背中:2の状態で肘を横に上げ、肩甲骨を引きつける。
- 肩:肩をすぼめるように力を入れる。
- 首:首をひねって力を入れる。左右行う。
- 顔:口をすぼめ、顔全体を顔の中心に集めるように力を入れる。
- 腹部:お腹にあてた手手を押し返すように力を入れる。
- 足の下側:つま先まで足を伸ばし、ふくらはぎに力を入れる。
- 足の上側:足を伸ばし、つま先を上に曲げて、すねの筋肉に力を入れる。
- 全身:1~9を一度に10秒間緊張させ、力をゆっくりと抜いて、その感覚を20秒間感じる。
2−2.動作へのアプローチ
技術的な問題と、イップスとの線引きはあいまいです。技術的な問題を解決することで結果的にプレーが安定し、精神的な不安が取り除かれることもあります。
2−2−1.大きな動作から先に行う
イップスの症状は、細かい動きの制御ができなくなることが一因です。そのため、細かい動きがそもそもできないように制限したり、細かい動きを必要としない練習から行う方法です。
投げる動作であれば、バレーボールなどの大きいボールを投げる、近い距離のネットに向かって思い切り投げる、など。
2−2−2.動作を分解する
動作を分解してひとつひとつ習得したり、動作をゆっくり行ったり、自分の動作の映像を見るなど、頭の中のイメージと実際の動作をつなげて行く方法です。単純な動作に分解して、ひとつひとつを再学習していくのです。
できない原因が明確になれば、そこを練習して身につければ良いので、精神的にも落ち着きます。課題が明確になると、やることがはっきりするためです。このようなときに、優秀なコーチがいるとより良いです。的確なフィードバックと課題化ができることがは大変重要です。
2−2−3.局所性ジストニアの可能性
局所性ジストニアとは、自分の意思と関係なく筋肉が収縮してしまう症状の、神経疾患です。音楽家などによくみられます。指など、同じ部位を繰り返し動かし続けるためではないかと言われています。
局所性ジストニアの場合、薬物療法やボツリヌス療法(注射)などの治療法があります。医療機関にてご相談ください。
3.イップス経験談
2名のイップス経験者による事例をご紹介します。イップスの原因や症状はさまざまです。
3−1.野球
元高校球児(筆者)
筆者もイップスを経験したひとりです。
高校に進学し、硬式野球部に入部しました。軟式と硬式のボールは、大きさ、重さ、質感どれも変わります。さらに、受験勉強で半年野球から離れているブランクもある中、初めて出会う同級生たちと野球をします。
入部してすぐ、新入生のみの練習でキャッチボールをすると…まともに投げられません。小学生でもできるような距離が投げられない。すっぽ抜けて相手のはるか上をボールが越えていきます。走って取りに行く相手に「ごめん!」と謝ります。
野球はリリース(指からボールが離れる)の位置で投げる球の高さが決まります。すっぽ抜けていると言うことは、リリースが早すぎるとわかっているので、”もっと先で離さないと”と意識すると、今度は地面に叩きつけてしまいます。まったく自分の動きをコントロールできていませんでした。
外野ノックで思いっきり遠投はできるけれど、短い距離は全くダメでした。
周りは初めて会うメンバー。なめられたくない、かっこつける思いで、「悪い悪い」と流していました。イップスの特徴として半笑いになるというのがあるようです。現実に直面することを逃避するためにそのような反応をするのですが、当時の自分はまさにそれでした。
そんな表面とは裏腹に、頭の中は考え過ぎてしまう。そして相手を気にしてしまう。余計ドツボにはまる。そんな感じでした。
幸いなことに、周りは何も言ってきませんでした。というより、言えなかったのだと思います。異常な状態でしたし、イップスだと気付いていたと思います。そこには救われました。
では、どのように乗り越えたか。後述しますが、自分自身は乗り越えたとは思っていません。ただ、最悪の状況は脱しました。もし症状が出ても、精神的、身体的にどう対処すれば良いかはある程度わかりました。
私の場合は、周りのおかげで精神面はなんとかギリギリ保たれていました。自分で乗り越えるしかない問題だと考えていたので、吹っ切れることができました。
ミスをしてもとにかく、次、できるようにと目の前の練習に取り組みました。考える暇のないようとにかく体を動かすイメージです。練習の積み重ねによって自信につながったり、精神的な安定が技術の安定につながったりと、相互に影響しあっていました。
考えすぎず、とにかく思い切り動く→少しずつ成功体験を積み重ねる→自信になる→技術的に安定するというサイクルを、少しずつですが積み重ねていきました。結果として、最悪の状況は抜けられたと思います。
3−2.弓道
弓道経験者Aさん
弓道部のイップスの一つを“はやけ“といいます。弓道の基本動作のうち、“会“が短い・ない状態になってしまうことで、簡単にいうと自分の意思で弓を放てない状態です。
(編集部註:会とは、矢を後ろに引き、放たれる直前の状態のこと)
弓道始めたのは高校からで、なったのは高校2年ごろだったと思います。
1年生の冬には東日本大会のメンバーとして連れてってもらえるくらい認めてもらってました。
弓道は、良くも悪くも的中率という数字で結果が見える競技なので、フォームを重視していても、嫌でも気になってしまうところがありました。
最初はだんだん会が短くなっていき、「もう少し粘れ」と言われても意思とは関係なく離れになってしまうんです。
まだはやけってほどでもなかった時、会が短めというだけでBチームに落とされたり、的中率が高くなくても会が長い人を上にするということがありました。
自分でもだめだってわかってはいるけど身体が言うこと聞かない。焦りもあって会がだんだん短くなっていき、最終的には引き分けてる途中でも離れてしまう。
自分の意思で制御出来ない離れは結構怖いんです。人を殺しかねないので。的に向かってうつ練習以外にも、ゴムを引く練習や、近くの巻藁に打つ練習もあるんですが、そういうのは大丈夫でした。
でも的を見てしまうと全然ダメでした。試しに海の家でやっていたゲームの弓道(弓矢は本物で、距離が2.3M)でもだめでしたね。そしてそのまま引退しました。
4.イップスの完治とは
イップスが治るという定義は不明確です。3章でも述べたとおり、筆者もいまだにイップスのままだと思っています。
しかし、一度経験しているということによる余裕と、競技スポーツではないのでそこまで精神的に追い込まれることもありません。ひどくならないだけで、おそらく歯車が狂うと再発する可能性あるだろうなとは思っています。
自分の身体を100%コントロールできる人はいません。コントロールできなくて当たり前なのです。
トップアスリートはいかに100%に近づけるかというところでしのぎを削っています。
コントロールできないちょっとした混乱に対してうまく適応できないと、迷子になり、イップスといわれるような状態が現れるのだと思います。
今悩まれている方へ
残念ながら、イップスへの絶対的な特効薬はなく、また最終的には本人が選択して乗り越えなければならないという現実もあります。
そして、「逃げること」が必ずしも悪いことではないと思います。
逃げる方法も、競技を諦めるのか、ポジションを変えるのか、取り組み方を変えるのか、人それぞれです。トップアスリートでさえ、乗り越えた人もいれば、上記のような選択をした人もいます。
是非とも、現在されている競技との向き合い方を考えた上で、改善に取り組んでみてください。
周りにイップスの選手がいる方、指導に携わっている方へ
今回取材をして、監督やコーチからの言葉がけがきっかけにイップスになったという方も多くいました。スポーツの世界では、指導法が見直されている途中です。周りの環境によってイップスが悪化するか、乗り越えていけるか大きく変わってきます。
未来のアスリートの芽をつまないためにも、ひとつひとつの言葉を大切にしていただくことを願っています。
まとめ
・イップスの絶対的な解決法はまだ存在しない。
・誰しもがなってしまう可能性を持っている。
・最終的には本人が乗り越えなければならない。
・周りのサポートや環境が不可欠。
イップスは個人の問題ではありますが、やはり対人との関わりがある社会で起こる症状です。誰も見ていないところで、ひとりで動いている中では症状が起きにくいです。
しかし、喜びや楽しみ、感動を周りと分かち合うことができるのもスポーツの醍醐味だと思います。
今回の記事が、ご自身のスポーツとの向き合い方を考えるきっかけになれば幸いです。
参考文献:イップスの心理学 : その病態と心理療法(八木孝彦)
コンテンツの全部または一部の無断転載を禁止します。(C)Imaginear co.,ltd. co.,ltd. All rights reserved.