「アイシングって何のためにやるの?」
「本当に効果があるの?」
「ただ冷やせばいいの?」とお考えの方がいらっしゃると思います。
スポーツシーンにおける「アイシング」とは、クライオセラピー(=Cryotherapy)とも呼ばれます。cryoとは「冷たい」という意味。therapyは「治療法・セラピー」という意味です。つまりアイシングとは「冷却療法」のことを指します。
応急処置としては非常に一般的な方法ですが、手間をわずらわしく感じて行わなかったり、少々間違った方法でやってしまっているケースを目にします。
そこでこの記事では、米国公認アスレティックトレーナーである筆者が、自身の経験をもとに、また研究論文の裏付けを参考にして、「アイシングの原理」や「アイシングの効果」「効果的な方法」についてお伝えします。
選手、指導者、トレーナーはもちろん選手の保護者の方、作業労務を管理される方はぜひ参考になさってください。
この記事は山口淳士が執筆しました。 |
目次
1.アイシングの効果とは
まず、応急処置でなぜアイシングをやるべきなのかについてご説明します。アイシングには様々な効果があるのですが、私が特に大事だと思う効果をここで2つ紹介します。
1−1.腫れを最小限に抑える
筋肉や骨、靭帯などをケガして損傷すると、炎症が起きて出血します。血がドバドバと出てくるので、その部位は腫れていきます。「炎症」や「腫れ」というのは、身体がその部位を治そうとして起こるものなので、これ自体が悪いわけではありません。
炎症・出血をすると身体はそれを止めようとして、まずはその部位周辺の血管を一時的に収縮させて血があまり流れてこないようにします。ですがその後、身体はその損傷した部位を早く治そうとして、逆に血管を拡げて様々な化学物質を損傷した部位に送ります。ちょうど治るくらいの量を送ってくれればいいのですが、脳はとにかく早く治したいと張り切って大量の化学物質を送ってくるため、これが “余計な” 腫れとなって、ケガの治りを遅くしてしまいます。
この「余計な腫れ」を、アイシングをすることで最小限に抑えることができます。アイシングをしてその部位の温度が下がることで、血管が収縮します。脳が張り切って様々な化学物質を送ろうとしますが、血管が収縮していて通り道が狭くなっているため、大量には届かなくなります。結果、腫れを最小限に抑えることができます。
1−2.痛みを和らげる
アイシングをしてその部位の温度が下がると、痛みが軽くなります。これは、その部位の「痛い」という感覚を脳へ伝える神経の働きが悪くなり、痛いという信号を脳があまり受け取らなくなるためです。
これは根本的に治ったわけではありません。ですが、ケガをした後に「痛みを感じにくくなる」というこの感覚が、私は非常に重要だと考えています。なぜなら「痛み」というものは、色々なものに影響を与えるからです。
例えば、脳が「膝が痛い!」と感じると、それ以上脳は痛みを感じたくないので、膝が動かないように膝の周りの筋肉を固めたり(=筋肉の拘縮・スパズムといいます)、逆に痛みが出ないよう膝がもっとスムーズに動くようにと関節内に水をたくさん出す(=滑液)など、あらゆる手段を尽くしてきます。
確かにこの働きによって身体は守られるのも事実ですが、これは膝のケガが引き起こした二次災害のようなものなのです。この二次災害として発生した筋肉の拘縮を和らげることや、たまりすぎた水を取り除く処置の方に時間がかかって、結果復帰するのが遅くなってしまう、ということは非常によくあるのです。
よって、アイシングによって痛いという感覚をなくしてあげることで、二次災害を引き起さずに済み、被害を最小限に抑えることができるのです。
実際に、Hubbardらの研究をはじめとしたいくつかの発表で、ケガをした直後にアイシングを始めた方が、アイシングをしないよりもスポーツを開始できる日が数日早くなったという報告が出ています。
2.アイシングをやるべき状態を知ろう
スポーツの練習や試合中、または仕事中に「突然痛みが発生したとき」や「運動後に痛みがあるとき」が、アイシングをするべき状態です。
具体的には以下のようなケースです。
・足首をひねってしまったとき
・走っていたらなんか前ももがピキッっときたとき
・バスケで突き指をしてしまったとき
・転んで膝を打ったとき
突然のケガや痛みではなくても、やるべきケースはあります。運動後に「なんか痛いなー」と感じるときです、
例えば
・ジョギングを終えたらじんわりとスネや腰が痛いとき
・野球やテニスの練習を終えたら肩や肘が痛い
日常生活や仕事中では、
・何か重いものを持とうとしてぎっくり腰っぽくなったとき
・パソコン作業を長時間やったことで手首が痛い などというとき
です。このようなときは積極的にアイシングを活用しましょう。
3.効果的なアイシングの方法【準備編】
この章では、アイシングの効果を上げるために知っておきたい準備の方法をお伝えします。
3−1.氷のうや厚いポリ袋(ビニール袋)を使用する
アイシングで一番よく使われている道具は「氷のう(アイスバッグ)」や「密閉できるポリ袋(ビニール袋)」です。
アイスバッグはアイシングをするために作られたものなので、これがベストだと思います。素材が多少分厚くできているので、直接肌に当てても凍傷になりづらくなっています。
ビニール袋もアイシングにはよく使われます。クレーマー社などはアイシング用のビニール袋を販売しています。大量にアイシングができるので、個人というよりもチーム向けです。
ちなみにこのクレーマー社の袋は縦45cm、横25cmなので、これくらいの大きさのビニール袋を用意しておけば、体のどこの部位でもアイシングをすることが可能です。
固定は、個人の方なら伸縮バンテージがおすすめです。両端にマジックテープがついており簡単に固定できるからです。何度も繰り返し使えるのもメリット。手首など小さい部位には短めのものを、肩や腰などには大きくて長めのものが良いです。10cm×4.5m、10cm×9m、15cm×9mの3種類があれば、ほとんどのケースで使えるでしょう。
チーム指導の現場では、下記のようなアイシング専用ラップを使用することが多いです。使い捨てとなりますが、スピードと簡便性に大きなメリットがあります。バンテージだと巻いて収納せねばならず、洗濯も必要だからです。ちなみに接骨院などではバンテージを巻くためだけの専用の機械を置いてあります。その手間の大変さがお分かり頂けるでしょう。
3−2.氷は「製氷機製」がベスト
アイシングに使用するベストな氷は「製氷機で作られた氷」です。ですが、なかなか製氷機をいつも利用できる環境にある人は少ないと思います。多くの人は「自分の家の冷凍庫で作られた氷」を使うことになると思いますが、実は「氷が保存される温度」が違います。
一般家庭にある冷凍庫の中はだいたい「マイナス18℃くらい」になっています。よってその冷凍庫で保存される氷も表面はマイナス18℃近くになっています。一方製氷機の中は0℃に近い温度になっています。よってその中で保存される氷も0℃くらいになっています。
この温度の違いがアイシングにどんな影響を与えるかというと、マイナス18℃の氷というのは冷たすぎるため、凍傷になってしまう危険性があります。温度が低すぎることで皮膚が冷えすぎてしまうので、アイシングをすることで温度を下げたい深部の筋肉や靭帯をしっかり冷やすことができません。
よって、アイシングをするときは、氷のうやビニール袋の中に、氷と一緒に水も入れましょう。水を入れることでその冷たすぎる氷が少し溶けますし、肌との密着面積が広がるという効果もあります。
3−3.保冷剤は注意が必要
これと同じ理由で、保冷剤でアイシングをするときも注意が必要です。保冷剤も冷凍庫の中で保存されているはずなので、表面はマイナス18℃近くになっています。直接肌につけてアイシングをしてしまうと凍傷になる恐れがあるため、濡れたタオルで保冷剤をおおってアイシングをしましょう。
3−4.アイスバッグの作り方
アイシングをより効果的に行うためには、アイスバッグの作り方がとても重要です。しっかり空気を抜いてアイスバッグを作ることで、よりアイスバッグを身体に密着させることができ、効果的なアイシングとなります。逆に空気が入ってしまうと、氷と肌の間に空気が入り込んでしまい、しっかり冷やすことができません。
4.最も効果的なアイシングの時間とは
「アイシングは何分当てておけばいいの?」と思われる方が少なくないでしょう。ここではその時間の目安についてお伝えします。
4−1.「一律●分」という数字には根拠がなかった!
ケガを最小限に食い止めるために、もしくはケガの治りをできるだけ早めるために「アイシングは〇〇分やるべきである」と明確に示した研究は現在まだ出てきておりません。
「えっ?私はアイシングは15〜20分やるものって聞いたことあるよ!」という方がいるかもしれません。確かに15〜20分アイシングをやっている方は多いと思いますが、この「15〜20分」という時間の長さには、何のエビデンスもありません。みんなこれくらいの時間やってるから、私もやろう、くらいのものです。
4−2.実は脂肪の厚さで時間が決まる!
では、一体何分アイシングをするのがベストなのでしょうか。まずは部位によって、ベストな時間は異なります。そして、この時間の長さを決定する一番の要因は、アイシングをする部位の「脂肪の厚さ」です。
Otte氏らは、筋肉内の温度がアイシングを始めてから7℃下がるまでの時間を、前ももの皮下脂肪「0-10mm」「11-20mm」「21-30mm」「31-40mm」の4つのグループに分けて比較しました。単純に考えて、氷と筋肉の間の距離が遠ければ遠いほど、温度が下がる時間が長くなるというのは想像がつきますが。
結果、前ももの筋肉の温度が7℃下がるまでにかかった時間は以下の通り。
- 皮下脂肪0-10mm:約8分
- 11-20mm:約23分
- 21-30mm:約39分
- 31-40mm:約59分
筋肉の温度を7℃下げることがアイシングのゴールというわけではないですが、同じ温度を下げるのに、約50分も差があります。
このことからも、どんな人も、どこの部位をアイシングするときも、全部「20分」やっておけばいいというアドバイスには根拠がないことがわかります。
これらの研究結果を踏まえて、アイシングの具体的方法をご紹介した別記事「アイシング・10部位の効果的な方法を写真で紹介!実施時間の目安も」では、身体の各部位のアイシング時間の長さと方法を紹介しています。アイシングの具体的な方法はこちらの記事を参照になさってください。
4−3.インターバルは? いつまで行う
アイシングを終えた後、どれくらいたったら再びアイシングを始めていいのか。これは下記されている「感覚が戻ったとき」です。きっちり何分後とは断言できませんが、1時間以上あければ問題ないでしょう。
アイシングはいつまで行えば良いのかというのは、ケガをした直後から「2〜3日」はやりましょう。ケガの程度にもよるので、整形外科を受診してドクターのアドバイスに従うことをおすすめします。
5.アイシングで重視する「感覚」の目安とは
アイシングを始めると、以下のような順番で感覚が変わっていきます。
- 冷たい
- 痛い
- 暖かい or 熱い
- チクチクする
- マヒ
この段階を感じながら、部位の感覚が麻痺したところでアイシングを終えましょう。一度感覚が麻痺した後に感覚が戻って痛みが出てきたら、それはやりすぎです。すぐにアイシングを中止してください。
6.アイシングで注意すべき3つのポイント
よく起こりがちなトラブルとして三つの注意点をお伝えします。
6−1.保冷剤の直当てはしない
一つはすでに述べましたが、冷凍庫で保存された氷や保冷剤をアイシングの氷として使用する際は、 濡れたタオルでアイスバッグを包んだり、アイスバッグの中に少量の水を入れてアイシングを行いましょう。凍傷になってしまう危険性があります。
6−2.アレルギー反応が起きることがある
また、アイシングをするとまれにアレルギー反応が起きることがあります。もともと冷たいものの刺激に弱かったり、レイノー病(Raynaud’s disease)という、寒かったり冷水に浸かったりした時に起こる、手足の指先の皮膚の色が白くなったり青くなったり、またはしびれが出る疾患があります。また、神経症により元々感覚がないという部位は、アイシングをしないようにしましょう。
6−3.就寝中はしない
さらに、いくらケガを早く治したいからといって、寝てる間ずっとアイシングをするのもやめましょう。長時間のアイシングも凍傷になる危険性があります。一日に数回アイシングをすることは良いことで、寝る前にアイシングをすることも良いですが、寝るときはアイシングはやめましょう。
7.アイシングQ&A
ここではアイシングの際によくある疑問点についてお答えします。
7−1.足首捻挫は氷バケツに足を突っ込むのでもOK?
ケガをした直後のアイシングではNGです。「ケガをした直後」は、アイシングを含めた「RICE(ライス)処置」をするべきなのですが、氷水のバケツではRICEのEであるElevation(挙上)ができません。よって、ケガをした直後は氷のうやアイスパックを使ってアイシングを行いましょう。
※RICE処置とは、「Rest=休養」「Ice=冷却」「Compression=圧迫」「Elevation=挙上」の4つの頭文字をとったもの。アイシングはRICEの「I」です。ケガをした直後は、アイシングに加えて、その部位を安静にして(=Rest)、下記で紹介するバンテージや包帯でアイスバッグをケガをした部位に密着させ(=Compression)、できればその部位を心臓より高い位置に置きましょう(=Elevation)
7−2.コールドスプレーでもアイシングの代用になる?
アイシングの代わりとしてコールドスプレーを使用することはできません。 なぜならばコールドスプレーが冷やすことができるのは「皮膚上」のみです。ケガをした時に損傷する筋肉や骨、靭帯などを冷やして温度を下げる、ということはコールドスプレーでは不可能です。
ですが、瞬間的に皮膚を冷やすことで、痛みの軽減にはなるかもしれません。痛みの軽減によって二次災害を防ぐ、という話は上記しました。氷を使ってのアイシングによる痛み軽減の効果ほどは期待できませんが、多少の二次災害を防ぐ効果はあるのかもしれません。
7−3. 「冷湿布」「エアーサロンパス」「キンカン」などとアイシングの違いとは?
ケガをした時はとりあえず湿布を貼っておく、という人もいるかもしれません。ここでお伝えしたいのは「湿布とアイシングは全く別物」ということです。
確かに冷湿布はひんやりしていて冷たいですし、エアーサロンパスも身体にかければひんやりした感覚があります。しかしこの「冷たい」という感覚は、コールドスプレーと一緒で皮膚のみが冷えていて、皮膚、皮下脂肪を通り越して筋肉や靭帯の温度を下げるという効果はありません。よって、アイシングの効果はありません。
冷湿布、エアーサロンパス、キンカンなどはすべて「薬」です。その薬の効果によって、炎症を抑えたり、痛みを軽減する効果が期待されます。ケガの種類によっても使い方は変わってくると思いますが、アイシングとは全くの別物と考えましょう。
8.まとめ
アイシングの基本原理や効果についてお伝えしました。炎症を我慢して放置しておくと結果治りが遅くなります。野球の投手がマウンドを降りるとすぐに専用のサポーターで肩やヒジをアイシングしているのはそのためです。
このようなシーンだけに限らず、他の競技でも、さらに一般の方の生活でも痛みや腫れがあったり、酷使したあとは積極的に行うべきものです。
ここでお伝えした方法が参考になれば幸いです。
この記事は以下の文献を参考にしました。
- Kaminski TW, Hertel J, Amendola N, et al. National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Conservative Management and Prevention of Ankle Sprains in Athletes. Journal of Athletic Training. 2013;48(4):528-545. doi:10.4085/1062-6050-48.4.02.
- Hubbard TJ, Aronson SL, Denegar CR. Does Cryotherapy Hasten Return to Participation? A Systematic Review. Journal of Athletic Training. 2004;39(1):88-94.
- Otte JW, Merrick MA, Ingersoll CD, et al. Subcutaneous Adipose Tissue Thickness Alters Cooling Time During Cryotherapy. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation. 2002;83(11):1501-1505
- Jutte LS, Hawkins J, Miller KC, Long BC, Knight KL. Skinfold Thickness at 8 Common Cryotherapy Sites in Various Athletic Populations. Journal of Athletic Training. 2012;47(2):170-177.
- Zemke JE, Andersen JC, Guion WK, McMillan J, Joyner AB. Intramuscular temperature responses in the human leg to two forms of cryotherapy: ice massage and ice bag. Journal of Orthopaedic and Sports Physical Therapy. 1998;27(4):301-7.