腕をついてグキッ! イテテテテテ!
肩の脱臼は、スポーツ選手ならば比較的多い故障です。その痛みはあまりに強く、経験した人にしかわかりません。激痛とともにしびれが発生し、肩から先の感覚も奪われたり、思うように動かすことができなくなります。動かそうとするとさらに激痛が…。
受傷後一ヶ月は練習に復帰するのが難しいだけではなく、日常生活にも苦労します。
このような肩の脱臼は、できれば起こしたくないものですが、残念ながら起きてしまうことがあります。
そうなった場合に、まずはどうすれば復帰が早まるか。二度とこんな思いをしないためにはどうすればいいか。
米国と日本で活動されスポーツ指導経験が豊富なアスレティックトレーナーが、自身の知識と経験に加え、研究文献をもとに最適な方法をお伝えします。肩の脱臼でお困りの方はぜひご一読ください。
この記事は山口淳士が執筆しました。 |
目次
1.肩の脱臼とは?
関節を構成する骨が、正しい位置からズレてしまうことを「脱臼」と言います。関節とは、2つの骨が結びついている部分のことです。その位置が完全にズレてしまうことを「脱臼」と呼び、完全にではなく少しだけズレてしまうことを「亜脱臼」と呼びます。
1−1.肩脱臼の原理
肩関節は、人間が持つ関節の中で一番脱臼しやすい関節と言われています。
その一番の原因は肩の構造自体にあります。というのも、肩関節はあらゆる動きができる機能と可動性を持っている反面、とても不安定な構造になっているからです。
肩の構造でよく例えとしてあげられるのが「ゴルフボールがティーに乗っているような状態」というもの。ゴルフボールが上腕の骨(=上腕骨頭)、ティーが肩甲骨(関節窩)を表しています。とても大きな上腕骨頭と、とても小さな肩甲骨の関節窩で関節が構成されています。ゴルフボールをティーにのせても、ちょっと強い風が吹いただけでボールが落ちてしまうことってありますよね? それくらい、肩の構造はとても不安定なのです。
肩関節の脱臼のいくつかの種類のうち、90%以上の確率で起こるのが「前方脱臼」と呼ばれるものです。これは、上腕骨の「上腕骨頭」という部分が前方に(=胸側に)外れること。そして、この前方脱臼が一番起きやすいポジションというのが「肩関節外転&外旋位」です。
このポジションは、ちょうど写真のようにボールを投げる時のポジションなので、特にコンタクトスポーツでは、この瞬間に肩や腕に強い衝撃が加わると脱臼が起きる可能性が高いです。コンタクトスポーツをしていると、割と頻繁に起きてしまうケガの1つです。
柔道も脱臼が多い競技です。投げられたくなくてかばい手をしたり、適切な受け身が取れなかったり、上になった選手の体重が肩にかかったりする時に発生してしまうのです。
また、スポーツ中に限らず、転んで手を後ろについたときにも脱臼は起きやすいと言われています。
1−2.脱臼により痛める部分
ゴルフボールがティーの上に乗っているような構造なので、それを少しでも安定させるためにある軟部組織の1つが「関接唇」と呼ばれる軟骨です。膝で言う「半月板」と一緒で、関節を安定させるために働いています。
脱臼によってこの関節唇を損傷してしまうと、痛みとともに肩関節の不安定性も増してしまい、しかも安静にしていてもこの関節唇は治らないため、手術をしない限り治りません。また、脱臼によって上腕骨や肩甲骨の骨折をしてしまうこともあります。
関節唇の他に脱臼で傷める可能性のある部分は、不安定な肩関節を安定させるために働いている筋肉や腱、さらに肩関節を覆っている関節包や靭帯などの軟部組織です。
このなかで肩関節の安定性に特に影響を与えているのが「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」と呼ばれる筋肉群です。
4つの筋肉の総称であるローテーターカフは、この不安定な肩関節を安定させることがメインで働く筋肉群。このローテーターカフがあらゆる肩関節の動きの中でしっかりと働くことで、安定性を生み出しています。
ですが、野球・テニス・バドミントンなどのスポーツで常に肩関節を動かしていると、常にローテーターカフは関節の安定のために働いているので、だんだん疲れてきます。
疲れてくると、肩関節の動きの際にしっかり安定させることができなくなってしまいます。そんな時に肩関節に大きな衝撃を受けると、肩関節を安定させきれずに外れてしまうということが起きるのです。
2.初めて肩が脱臼した方のケア
脱臼してしまったら、すぐに救急車を呼びましょう。まずはその外れた肩を元に戻さなければいけません(=整復)。
素人が力ずくで無理やり戻そうとすると、肩が外れた段階では傷めていなかったところまで傷めてしまい、重傷になってしまう恐れが大いにあります。よって、痛いのは重々承知ですが、そのままの状態で、なるべく動かさずに専門家の診療を受けることを待ちましょう。
脱臼した腕は身体にくっつけて、逆側の手で押さえて固定しておきます。氷があればそれを肩に当ててアイシングします。救急車が到着したら、専門家の指示に従いましょう。
2−1.整復後の治療方法は2種類
脱臼を整復してもらったら、改めて病院でしっかり診てもらいます。肩関節脱臼は整形外科で診てもらい、その後の治療方針を決めることになります。もちろん脱臼の度合いや傷めた部分にもよりますが、肩関節脱臼後の処置としては大きく分けて「手術」と「保存療法(=手術をしない)」の2つの選択肢があります。
2−1−1.手術
ズバリどちらが良いのかはその人の状況によって異なるので断言はできませんが、肩関節脱臼をしてしまった後に問題になってくるのが「一度脱臼するとクセになりやすい(=再脱臼しやすい)」というものです。
残念ながらその通りといえます。一度脱臼をしてしまうと、その後は一回目の衝撃より弱い衝撃でも、肩が外れやすくなります。
また、特に若いうち(=30歳以下)に肩関節脱臼が起きてしまうと、かなり高い確率で再脱臼が起きてしまいます。肩関節脱臼に関する多くの研究で、再脱臼の一番のリスクファクターとして「30歳以下に最初の脱臼をした」というものを挙げるくらい、最初の脱臼をした年齢というのは、再脱臼のリスクを考えるうえで重要なポイントとなります。
よって、スポーツをやっている人(特にコンタクトスポーツ)で、今後も高いレベルでそのスポーツをやっていきたいという方は、「手術」という選択肢をしっかり考える必要があります。
もちろんこれは、その脱臼によって傷めた部位や重症度によってなので、受診した医師のお話をしっかり聞いたうえで判断するべきですが、手術と保存療法を単純に比べた場合、やはり手術をした方が再脱臼のリスクはかなり下がります。
Wang氏らの研究によると、保存療法の場合は80〜90%の再脱臼のリスクがあるのに対して、手術をした場合3〜15%までリスクを下げることができると報告しています。
そしてこの再脱臼のリスクという点を考えれば、スポーツをやっていない人でも同様です。重ねてこれも傷めた部位や重症度によりますが、保存療法を選択した場合、再脱臼のリスクは常につきまとい、再脱臼すればするほど肩関節は不安定になります。つまり再脱臼のリスクもどんどん上がり、最終的には手術をしなければならなくなる可能性がある、ということを知っておく必要があります。
2−1−2.保存療法
手術の話はこれくらいにして、保存療法を選んだ場合のお話をしていきます。上記しましたが、手術をしない選択をした場合、一番の目標は「再脱臼をできるだけ防ぐ」ことになります。これを達成するためには、最初に肩を脱臼してしまった時に、1)いかにすぐに適切な対処(=安静とそれ以上悪化させないための保護)をするか、2)リハビリを確実に行うか、がとても重要になります。
保存療法の場合、1〜数週間は肩・腕の固定をすることになります。多くの方は三角巾で腕を自分の身体の前でつるイメージ(写真左)があると思いますが、最近の研究では写真右のような状態で、少し腕を外側に開いた状態(=肩関節外旋位)で固定した方がより回復が早い、とも言われています。ただ、固定の方法は診察を受けた医師の指示に従ってください。
ちょっと専門的になりますが。なぜ肩関節外旋位の方が良いかと言えば、前方脱臼をした際に傷めてしまった軟部組織(筋肉・腱・靱帯・関節包など)が、この位置で固定した方がより肩甲骨の関節窩に近づくために治りが早いというのが、研究で徐々に証明されてきたからです。固定のポジションを変えるだけで、その後の再発率が減少するという研究も出てきています。
固定具をして肩関節の保護をすること以外にできることはあまりないのですが、脱臼直後〜数日間(1週間くらいが目安)は日々、アイシングをしましょう。他の怪我と同じく炎症が起こっています。少しでも回復を早めるために、できることはやりましょう。アイシングの方法や効果については以下の記事をご覧ください。
アイシングとは・痛みに効果的な方法と原理をプロトレーナーが解説!
2−2.競技復帰するまでの期間
まずはしっかり安静。たとえ痛みがなくなっても、医師から「固定具を外して良い」「リハビリを開始しても良い」という許可が出るまではしっかり保護して、肩関節周りの組織が治癒するのを待ちましょう。
脱臼後は、いかに損傷を最小限にとどめるかが重要であり、この安静をしっかりできるかどうかで、脱臼がクセになってしまうかどうかを決めると言っても過言ではありません。
医師の許可がおりたらリハビリの開始です。保護してきた部位をまた傷めないように、少しずつリハビリの強度を上げていきます。これも医師やリハビリ担当者(理学療法士やトレーナー)の指示にしっかりと従いましょう。
競技復帰の目安としては、脱臼をしていない方の肩と比べて、1)関節の可動域が同じ、2)筋力が同じ、3)自分の競技・スポーツをやった時に痛みがほとんどor全くない、という3つの条件をクリアできれば良いと思います。一般的には、一番強度の高いと思われるコンタクトスポーツへの復帰を考えると5〜6ヶ月が目安となります。
3.再発を防止するための方法とは
上記しましたが、30歳以下で肩関節脱臼をしてしまった場合は、再脱臼してしまう可能性が非常に高いです。一見逆のように感じますし、若い人の方が回復も早い気がしますが、年齢がまだ若ければ若いほど再脱臼のリスクは上がるため、脱臼した直後の対処(=整復はプロに任せる。絶対安静。アイシング)と、その後のリハビリをしっかり行う、ということがとても重要です。
3−1.医師の指示に従うことが最重要
基本的には、受診した医師の指示に従うことが大前提となります。ここでは、それに加えて私が考える再発防止のためにするべきだと考えるリハビリをお伝えします。
まず、肩関節が脱臼してしまう一つの理由として、「ローテーターカフの疲労」を挙げました。よって、ローテーターカフを鍛えて疲労しないようにすることが、リハビリの目的の一つとなります。
さらに、肩甲上腕リズムにとって重要になる「前鋸筋」「菱形筋」「僧帽筋(特に僧帽筋下部)」がしっかり働くようにしていくことが、肩関節の安定性を生み出すために重要となります。
3−2.リハビリトレーニングの具体的な方法
「ローテーターカフの強化」と「正常な肩甲上腕リズムの構成」にオススメのエクササイズを紹介します。
■側臥位肩外旋エクササイズ(ダンベル、クッション使用)
ローテーターカフ、菱形筋、僧帽筋中部・下部をトレーニングする種目です。ダンベルがない方は350〜500mlのペットボトルに水を入れておこなってもOKです。
写真のようにベッドに横向き寝します。下になっている腕(脱臼していない方)を枕代わりにします。
脱臼したほうのヒジと脇腹の間と、ヒザの間にクッションを挟んで力を加えてホールドします。
脱臼したほうの腕でダンベル(小さいものでOK)を持ち、上方開いたり閉じたりの動作を繰り返します。10回1セットを目安に3セット。なれてきたら回数とセット数を増やしてください。
■ウォールウォーク(セラバンド・チューブ・ミニバンドを使用)
ローテーターカフと僧帽筋下部をトレーニングする種目です。
壁に両ヒジをつき、チューブを手に巻きます。肩幅と同じくらいでホールドします。ヒジから先を小刻みに交互に上にあげていきます。ヒジが顔の高さくらいになったら逆の手順で元の位置に戻していきます。
■ウォールスライド
前鋸筋を鍛えることができます。前鋸筋は肩甲骨どうしを離すときに働きます。よく意識をして行いましょう。
まずはチューブなしで行います。先ほどの体勢を、ややヒジをハの字にします。左右同時にゆっくり壁を滑らせて上げていきます。上がりきったら下げていきます。
壁と腕の摩擦で滑りにくいことがあります。壁に直接腕をつけるとなかなかうまくスライドしない場合は、タオルを腕と壁の間に置き、タオルを前腕全体で押さえながら、若干壁を押しながら上下にスライドするとやりやすいです。
続いてチューブを背中に回して行います。
上記動画GIFではカクカクしていますが、なめらかに行いましょう。
■ウォールY・リフトオフ
これも壁に面して行います。僧帽筋下部をトレーニングします。肩甲骨の下側の筋肉にアプローチする感覚です。
下記動画のように両手をYの字に広げ、その形をキープしたまま肩甲骨から上下に動かします。特に下げる時に肩甲骨下部に刺激が入ります。
4.何度も繰り返す人はなぜか
肩が脱臼しやすい位置というのは「肩関節外転&外旋位」です。よってまず第一に考えたいのは、このポジションをなるべくとらないことです。「そんなポジションになかなかならないでしょ!」と思うかもしれませんが、実は日常生活にもこのポジションは潜んでいます(下図参考)。よって日常生活の中で、なるべくこの位置に肩・腕を持っていかないように注意する必要があります。
何度も肩関節脱臼を繰り返してしまう理由はいくつかあります。一つ目は「構造上の問題」です。保存療法を選んだ場合、ただでさえ不安定な関節がさらに不安定になっているので、不意に外れてしまうことは大いに考えられます。脱臼してすぐは気をつけていても、日が経つとそれも忘れてしまい、忘れた頃に上記のようなシチュエーションで再脱臼…というのはよくあるのです。
二つ目の理由としては、「不十分なリハビリ」。構造上の不安定性を、周りの筋肉などで補う必要があるため、そのリハビリが不十分だと、やはり不安定性が残ってしまいます。
5.肩脱臼の実際に体験したケース
ここでは実際にどのようなケースで脱臼を起こしたか、体験者のお話しをお伝えします。
5−1.サッカーの練習中、相手に乗られて
Aさんは大学3年生のときに、サッカーの練習で肩を脱臼しました。相手と競り合った際に、転倒して手をついたのです。それだけなら良かったのですが、相手も勢いで転倒してしまったのです。
その際に肩の後ろから全体重がAさんの肩関節にかかり、受傷しました。
脱臼直後は、痛みとともに、ガクッという音がして、何ともいえない脱力感が肩に起きました。「これが脱臼というものかもしれない」と焦りましたが、力が入らないのです。後ろからの衝撃でしたが、ちょうど腕の付け根を誰かに強力な力で引っ張られた感じがしたということです。
三角巾にて応急処置し、無事整復してもらったAさん。その後手術療法を選択し現在に至りますが、10年近くたった今でも再発しないように注意しているそうです。
5−2.柔道の授業がきっかけ。その後何度も繰り返す
Bさんが最初に脱臼をしたのは、大学での柔道の授業中でした。これも相手に上から乗られて脱臼したのですが、このときは亜脱臼でした。
その2年後、草野球中にスライディング。この際、左手を地面についたことで脱臼してしまったのです。
このときは痛みが激しく、立っていることもできなかったとのこと。座り込んで膝の上にヒジを乗せないと、じっとしていられないほどです。
簡単に整復する場合もあるそうですが、Bさんの場合はしなかったため、救急車を呼ぶことに。
机にうつ伏せで寝ていましたが、隊員に「がんばって立って移動した方が良い」と言われ、立ち上がろうとした際に整復したのです。
整復すると一気に痛みは楽になりましたが、肩が麻痺するような感覚と、力が入らずブランと下がっている状態。(左右の腕の長さが違いました)
そのまま1ヶ月ほどは固定。記事中にある外旋固定(手を外側に向ける)となりましたが、日常生活に不便を感じました。ズボンのチャックを下ろす、消しゴムを使う、という動作が、意外と両手でないとできないことを思い知ったそうです。ほとんどの動作を右手のみで行うため、疲労も激しかったとのこと。
それから数年間は脱臼をしませんでしたが、5年後、公園の吊り輪で平行保持をしようとし再発。さらに2年後、今度は海に足から飛び込む際に両手を広げて入水。その衝撃で外れてしまうということがありました。若いときの脱臼はクセになりやすい例の一つといえます。
6.まとめ
肩の脱臼について、原理や治療、リハビリの方法についてお伝えしました。手術をすれば再発確率は下がりますが、大掛かりです。ですので、多くの方は保存療法を選択されると思います。その際にも整形外科医や理学療法士の指示に従い、十分にトレーニングを行うようになさってください。
参考文献
- Brent I. Smith, Kellie C. Huxel Bliven, Genoveffa R. Morway, and Jason G. Hurbanek (2015) Management of Primary Anterior Shoulder Dislocations Using Immobilization. Journal of Athletic Training: May 2015, Vol. 50, No. 5, pp. 550-552.
- Robert Y. Wang, Robert A. Arciero, Augustus D. Mazzocca (2009) The recognition and Treatment of First-Time Shoulder Dislocation in Active Individuals. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy: 2009, Vol. 39, No. 2, pp. 118-123.
- McCluskey GM, Getz BA. Pathophysiology of Anterior Shoulder Instability. Journal of Athletic Training. 2000;35(3):268-272.