スピードを早くしたいと考える方は少なくありません。
特に「走りのスピード」は、多くの競技で求められる能力のうち、最も大きなものの一つでしょう。
速さがあるだけで試合結果に大きなアドバンテージをもたらします。そのため、多くの競技では、走るトレーニングは必ず組み込まれます。趣味でマラソンを行なっている人も、少しでも早く走りたいと考えています。
しかし、ダッシュやインターバル走を数多くこなせばスピードは高められるのでしょうか? 実は早く走ることには多くの要素が必要です。それぞれを因数分解して質を高め、協調して効率的に動かしパワーを発揮できるようにしなくてはなりません。
今回はその方法について、自身も陸上競技経験がある米国公認アスレティックトレーナーの山口淳士さんに方法を解説していただきました。まずはスピードの概念について、さらにそれぞれのトレーニング方法を順を追ってご紹介しますので、スピードを高めたい方はぜひ参考になさってください。
この記事は山口淳士が執筆しました。 |
1.「スピード」と「加速」の違い
今回の記事では、「加速」と「スピード」を分けて考えていきます。よってまずは、それぞれの言葉の定義からご説明します。
1−1.「スピード」は最高速度
「スピード」とは、今回の記事では「最高速度」を意味します。よって、スピードトレーニングとは、「最高速度を高めるためのトレーニング」ということになります。
1−2.「加速」は静止状態から最高速度に達する力
スピードに対して「加速」は、全く動いていない状態(もしくは遅いスピード)から最高速度まで達する力のことをさします。よって、加速の力を鍛えることで、より素早く、短い時間で最高速度まで引き上げられるようになります。
2.「スピード」と「加速」を高めるための要素とは
それぞれの力を高めるためには、様々な要素が必要になります。それぞれ考えていきましょう。
2−1.スピード=ピッチ×ストライド
「スピード=最高速度」を高めるためにはどうすれば良いのでしょうか? これをシンプルに考えると、「ピッチ」と「ストライド」の2つの要素を高めることが大切になってきます。
ピッチとは「一歩にかかる時間」のこと。一歩にかかる時間をより短くすることで、同じ時間内での歩数が増えます。一方、ストライドとは「歩幅」のこと。同じ歩数であれば、一歩の歩幅が長い人の方がより前に進むことになります。
同じピッチ(=同じ早さで一歩一歩進む)であれば、ストライドが長い人の方が一歩一歩進むごとに前に出ていきます。逆に、同じストライドの長さであれば、ピッチが早い人の方が一歩一歩進むごとに前に出ていきます。
しかし普通は、ピッチを早くしようとするとストライドが短くなります。逆にストライドを広げようとすると、ピッチが遅くなります。よって、この「ピッチ」と「ストライド」の理想の割合を見つけることが、スピードを高めていくポイントになります。両方とも高めていくことで、より速く前に進んでいくことができるようになります。
安易にストライドを広くしようとしすぎると「オーバーストライド」となり、前に進むための力を地面にしっかり伝えることができなくなってしまいます。
むしろ逆に減速の力(=止まる力)が働いてしまうため、スピードは遅くなります。さらに、オーバーストライドになるとハムストリング(=もも裏)にかなりの負荷がかかるため、肉離れのリスクも高まるので注意が必要です。自分にあったストライドの長さを見つけていくことが大切になってきます。
今回の参考文献の1つであるNASM Essentials of Sports Performance Trainingによれば、理想のストライドの長さは「脚の長さの2.3〜2.5倍である」と示されています。
2−2.加速=瞬間的に爆発的な力を生み出して身体を動かす
止まっている状態(もしくは遅いスピード)から素早く最高速度まで達するためには、瞬間的に爆発的な力を地面に伝えて身体を動かし始める必要があるとともに、ピッチを生むための身体の動きと体幹の安定性や、ストライドを生むための、地面にしっかりと力を伝える下半身の強さが必要になります。
これらの能力は走っているだけでは身につかず、筋トレやフィールドトレーニングなども並行して行っていく必要があります。
地面を押す力を養うためには、スクワットをはじめとしたウエイトトレーニングによって、下半身の大きい筋肉(臀筋群・大腿四頭筋・ハムストリング・ふくらはぎなど)を鍛えていく必要があります。また、瞬間的に爆発的な力を生み出す能力を養うには、ジャンプトレーニングのようなプライオメトリクス・トレーニングなどを行う必要があります。これらの能力を鍛えつつ、走る動作の中でしっかり地面に力を伝える動きや、スムーズに加速できる動きを身につけていきます。
それぞれの方法については以下の記事を参考になさってください。
初心者必見スクワットの正しいやり方!簡単で効果的なポイント5選
ジャンプトレーニング・ライバルよりも高く跳ぶための練習法10選
3.「スピード」と「加速」を高めるトレーニング
それではここから、スピードと加速の能力を高めていくトレーニングを紹介していきます。まずは、スピードトレーニングのウォームアップとして行って欲しいエクササイズから紹介します。
3−1.足を引き上げる動きを作る
陸上短距離のスターティングブロックからスタートする際や、フィールド上で素早く加速しなければいけない時、体幹を安定させながら足を引き上げるという動きがとても大切になってきます。以下2つのエクササイズは、普段のトレーニングやウォーミングアップの際に、ぜひ取り入れていただきたいものとなります。
■プランク・マーチング
頭からかかとまではまっすぐをキープしながら、膝を胸に向かって引きつけていきます。無理に目一杯胸に引きつける必要はなく、股関節が90度くらいのところまでで充分です。
■スタンディング・ヒップフレクション
より走る動きに近づけるために、立った状態で、持ち上げる脚にチューブなどで少し負荷を与えて膝を引き上げます。膝の引き上げは、プランク・マーチングと同様に股関節90度になるところまで。腕もしっかり振って、体幹を意識して行いましょう。
※「足を引き上げる」という動きにおいて、腸腰筋がとても重要な役割を果たします。加速・スピード両方の能力を高めていく上でとても重要な筋肉なので、ぜひ以下の記事もご覧ください。
腸腰筋トレーニングで潜在能力を最大限に引き出す!ベスト運動10選
3−2.力を地面に伝える・動きの中での安定性を作る
地面をしっかり押すことで、その反発を得て効率よく前に進んでいくことができます。そして、地面を押すためには「臀筋群」をしっかり使う必要があります。ウォームアップの段階で、大きくて強い臀筋群を活性化させてから、走る動きのトレーニングに入ると良いでしょう。
■ミニバンドウォーク
腕もしっかり振って、地面を押して前に進む感覚を養いましょう。
■ストレートレッグ・サイドウォーク
中臀筋や脚の外側の筋肉は、走っている際に片脚で立っている状態での安定性を生み出します。
3−3.素早く足を動かせるようにする
上記したスピードを高める要素の1つである「ピッチ」につながるエクササイズです。
■クイックステップ
素早く足を動かす神経系のトレーニングです。頭の位置はなるべく変えずに、できるだけ早く足を動かします。
ベースポジションから、その低い姿勢をキープして足をできるだけ早く動かすというエクササイズです。足はほんの少し地面から離れる程度で良いので、「足を早く動かす」ことにフォーカスしましょう。
3−4.走る動作での軸・体幹の安定性・動きの確認
走る際の動きや、地面への力の伝え方を、壁を使って練習します。
■ウォールドリル − 姿勢保持
・頭からかかとまではまっすぐにキープ。腰を反らないように注意する
・膝は70〜80度ほど持ち上げる。膝を引きつけすぎるのも良くない
・つま先はしっかりスネの方向に引き上げる
・スタート1歩目から3〜4歩目までは、自分の身体よりも後ろ側に脚をストライクするため、その時の姿勢を身体に覚えさせる
■ウォールドリル − ロード&リフト
・上の写真の姿勢から、素早く下の写真の姿勢になります。
・ロードフェイズ(上写真の状態)では、陸上のスターティングブロックからお尻を持ち上げたポジションや、自分のスポーツでのベースポジションあたりに腰の高さをセットする
・後ろの足で地面をしっかり押すことで膝をまっすぐ持ち上げ、姿勢保持で作ったポジションになる
・「膝を上げる」ではなく、「後ろ足で地面を押す」ことを意識する
■ウォールドリル – マーチング
・ゆっくりで良いので、体幹をしっかり意識して腰が曲がったり反ったりしないようにして足踏みをする
・膝をまっすぐ進行方向に持ち上げる。自転車を漕ぐような足を回す動きではなく、直線的なピストン運動で行う
・「膝を持ち上げる」ではなく、「地面を押すことで逆足が持ち上がる」という感覚を養う
■ウォールドリル – エクスチェンジ
前記の「マーチング」を素早く行います。
・空中で足を素早く入れ替える
・上半身はなるべく動かないように体幹をキープ。頭の位置が上下にあまりバウンドしないようにする
・足は常に同じ場所に着く。壁に近づかないようにする
3−5.走る動作で力を効率よく地面に伝える感覚を養う|ストライド
ウォールドリルで得た感覚を忘れずに、いよいよフィールドで動いていきます。加速やスピードを高めるためには「地面をしっかり押して、地面に力を伝える」ことがとても大切です。地面に力を伝えることで、無理なくストライドを伸ばすことができます。
地面に力を伝える動きや、地面からの反発を受ける感覚を養うには、スキップやバウンディングがとても効果的です。
■アンクルスキップ(その場→前進)
・足は身体の真下に着き、地面からの反発を得る感覚を養う
・膝を伸ばした状態で、2回ずつ地面を足の前半分でタップ
・リズムよく。腕もしっかり振って行う
■アンクルバウンド
・タップは1回ずつ行う
・地面を真下に押して、その反発をしっかり得る
■リズミカルスキップ(その場→前進)
ウォールドリルやアンクルスキップ、アンクルバウンドで得た「地面を押す感覚」を、少しずつ実際の走る動きにつなげていきます。
・2回ずつ地面をタップ。その後素早く脚を入れ替える(ウォールドリル ー エクスチェンジで行なった動きのように)
・腕もしっかり振る
■バウンディング(その場→前進)
まずは「その場」で練習します。
その場でできるようになったら、前進を加えます。
・しっかり地面を押す。腕も振って
・後ろの脚から頭まではまっすぐ
・空中にいる時間を長くする(=地面に接地している時間をできるだけ短く)
・左右にぶれないように。まっすぐ進む
3−6.ピッチを養う・反応を鍛える
スピードに必要なもう一つの要素「ピッチ」と、反応の力を養うトレーニングも行っていきます。
■クイックステップtoスプリント
ウォームアップで行なったクイックステップをした状態で、コーチの合図で素早く反応して10〜20mほどダッシュしてみましょう。
■ミニハードルラン・スプリント
ピッチを鍛えるために、ミニハードルの間隔は短めにして、素早く足を動かす練習をします。
・ピッチを早くしたことで、今まで作ってきたフォーム(軸・膝をあげる高さ・地面をしっかり押す動作・腕振りの動作など)が崩れないように注意する
・少しずつハードルの間隔を伸ばしていく。ピッチは変えずに行う
3−7.スタートの動き・加速トレーニング
止まった状態から素早くスピードをあげていきます。
■2or3ポイントスタンス・スタート
・片足を後ろに引き、膝をついたときに、その膝がつま先の真横。両足は腰幅にセット。常にこれを守ることで、常に同じポジションでスタートができるようにする
・前足にしっかり体重を乗せ、後ろから少し押されたら前に出てしまうくらいしっかりと前傾する。
・ここでも「自転車を漕ぐような円運動」ではなく「ピストンのような直線的な動き」を意識して地面をしっかり押す。スタートしたあとは、頭がいきなり上がってこないように注意する
■プッシュアップ・スプリント
・加速ドリルの1つ
・うつ伏せの状態で、様々なキューで動き出して10〜20mダッシュ
・2人以上でレースをさせて競うのも良い
3−8.すべてを統合する
最後に、今までの動きをすべて統合して、スプリントを行っていきます。
■統合スプリントの例
4.まとめ
スピードトレーニングの方法をお伝えしました。スピードを高めるには
・スクワットやジャンプトレーニングで筋肉や体幹のパワーを向上させる
・全身の力の協調と連動で効率的な力を発揮できるようにする
・地面からの反発を得ることができる足の運び方をマスターする
・ピッチとストライドの質を高める
・スタートや走る際のフォームを理想的なものにする
・実際の走りで活用できるように徐々に実践的な練習を行なっていく
ことが必要です。一度に全てを行うことよりも、それぞれの動きが正しくできるように徐々に、継続して練習していきましょう。この記事でお伝えした方法が参考になれば幸いです。
参考文献
・NASM Essentials of Sports Performance Training
・EXOSTM Performance Specialist Certification
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